私と中華圏  

赤いランタン 女性

「これからは中国の時代」
「日中友好の架け橋たらん」
「何かの1番でありなさい」

進路選びに迷っていた高校生の時、恩師がおっしゃった言葉。
今も私の土台に深く根強いています。

多感な高校時代、家の中はゴチャゴチャ
Profile参照でしたが、健気で素直だったのだと思います。

家に向かう自転車のペダルがやたら重かったのを覚えています。
グレてもおかしくないような家庭状況でしたが、
親に迷惑をかけてはいけない、悲しませてはいけないってどこかで思っていました。

外では仏教を共に学ぶ同年代の仲間やお姉さんたちに恵まれました。
科目では国語や英語が好きでした。
語学を活かして、世界平和のお役に立てるようになりたい。
その頃から、純粋にそう思っていました。

勉強会を開催したり、なかなか活動に参加できないメンバー宅を訪問したりするのが本当に楽しかったです。
この活動は、当時の私を支えてくれていた、心のオアシスでした。
その時、将来は心理カウンセラーになりたいって思ってました。
その頃、手書きで書いた自己紹介にもそうハッキリ書いてあります。

何の疑いも無く恩師の言葉を信じ、短大で中国文化を専攻。
この後、どっぷり中華の世界にハマるとは自分でも思っていませんでした。
在学中には台湾への研修や中国への短期留学。
初めての海外生活で驚きや戸惑いもありましたが、
総じて毎日が修学旅行みたいな楽しさでした。

卒業後から1年留学した上海から帰国後は、希望だった中国語が使えて磨ける職場に就職。
アパレル商社東京支社では、唯一中国語を使える人材だったため、自ずと中国担当者に。
材料手配、生産・品質管理、クレーム対応、貿易や輸出入業務などなど。
またこれらの業務に関する日本人と中国人の新人教育や採用など様々な業務に携わらせていただきました。
単独での中国出張や本社指導員の訪中アテンドなど度々中国各地の生産工場や貿易事務所などを訪れました。

この会社に約10年勤めました。
社内で初めて日本語と中国語による定期社内報を企画し、取材編集発行を手がけていました。
また、最後の1年は、社内の日本人女性初で中国に赴任することになりました。

どうすれば、日中双方がもっとお互いのいいところを見て、より気持ちよく業務遂行していけるか?
「日中の架け橋」たる私は、常に考えて行動に移していました。

本社が中国から撤退することになり、
私も急遽帰国するよう命じられました。
しかし、まだ中国に残って、自分の力を試したいと思っていた私は、上海現地での転職を選択しました。
日系大手都市銀行コンサル部門の上海事務所でした。
勤務地は、当時上海1の高層ビルだった森ビルで、上海ヒルズと言われていました。
そこでは、銀行の取引先である日本企業の経営陣相手に中国進出や撤退のコンサルを担当していました。
都道府県の上海代表者にインバウンドに関する営業もしていました。中国人観光客を日本に呼び込もうという取組みです。

キャリアウーマンでバリバリ。
順風満帆に見えるかもしれませんが、そうでもありませんでした。
振り返ると、ものすごく力んで頑張って、完璧さんを目指していたようです。
一生懸命頑張れば、それなりの結果はついてきます。
しかし、心身は疲れ果てていきました。

何でもないふりをしながら、根底ではずっと生きづらさを感じていました。
頑張れば頑張るほど空回り。
恋愛や家族や飲食などにすごく依存していました。

子どもの頃からの相変わらずで、心身のバランスを崩しやすかったです。
体調にとても波があり、仕事に打ち込めない時期や出勤さえできない日もありました。

中国赴任の夢は、実現するのに10年弱もかかりました。
中国に赴任してからも、親との関係はよろしくなかったです。
職場上司によるパワハラも顕著でした。
周りからの影響を受けやすかった私の心身も不安定でした。
どうにも心身が辛くなり、帰国することになりました。

日本に戻ってからは、かねてから学びたいと思っていた心理学を学ぶことにしました。
心理学の学術団体で働きながら、大学心理学部3年生に編入。
年次学会や研究会、資格試験や研修会などに携わっていました。

勤めていた学術団体の運営をアウトソーシングすることになり退職を余儀なくされました。
全く悲壮感はなく、むしろようやく時が来たと思いました。

30代半ばで台湾の大学院に留学。
その大学院でも日本人初の正規留学者になりました。

恩師は決して、誰かと競走して1番になりなさいと言われたわけではないと思います。
自分を高めていこうという意味だと捉えました。
昨日の自分より今日の自分。
明日の私より次の日の私というように。

そうすることで、自分も喜び、周りも笑顔になる。
その幸福の波動を、我が足下から、我が家や地域に、
学校や会社に、業界や社会に、地球いっぱいに、宇宙にまで広げていこうと。

自分が今いるその場所で第一人者になりなさい。
必要とされる人財でありなさいということです。
居ても居なくてもどうでもいい人にはならないように注意を促されました。

知らず知らずに、恩師の言葉通り影響力のある人材に成長させていただいたようです。
とても個性的で、存在感があるとよく言わるようになりました。
フットワークが軽く、行動力があるとも言っていただけるようになりました。

長文ヒストリーにお付き合いあくださり、どうもありがとうございました。

あなたの夢も応援しています♥